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でんしゃたびのこと 葉月十一日
2017.8.22
葉月も十一日だというのにまったく夏らしくない陽気で、朝から出かけようと思ったけれども宅急便が来るというのでやめた。すると宅急便は届けるはずの荷物をトラックに載せ忘れてうちに来たようで仕様もなく、昼前に荷物を抱えて出発。電車に揺られて三島まで。ただでさえ夏らしくないのに電車は冷房で寒い。あほかいな。乗り継ぎわるく、ヴァンジまでの無料バスも出たあとで、次は一時間後だというのでタクシーをひろう。バス待ちしてもよいのだけれども、先が詰まっているので無念。タクシーのおじさんに、新幹線は混んでいたでしょう。と言われる。電車は人が多かったですねえ。と応える。私が乗って来たのは在来線で、私は新幹線よりもふつうの電車が好きだ。鈍行。ラインよりメールで、メールより手紙が好きなのに似る。
ヴァンジ彫刻庭園美術館は小雨で、濡れながら歩いたけれども、ゆっくり歩いたくらいには面白かった。静かな空間。そこかしこから彫刻がこちらを見ている。蝉のこえ。ひぐらし。
企画展をしていた建物の入り口から一階に降りるまでの廊下が、階下を見渡せるのが良かった。庭という広い空間から室内の広い空間へ。なめらかに広大な室内に展示されるなめらかな作品。好きだなと思ったのは『アガペ』。題名のつけかたが面白かったのは『花柄の服の女』。平面作品の『コンポジション』もよかった。『横たわる女』をななめから見た表情があまりにも志磨遼平に似ていて驚いた。そこからまた広い庭へ。クレマチスの丘だけれども曇っていたからかクレマチスはあまり映えなかった。丘に咲く百合。湖面の蓮。片栗のような花が地植えのように生えているのを初めて見た。帰りはバスで。父へのおみやげに富士山のギターピックを買う。地が水色で、使っていくと色が禿げて白くなり、富士山になる。自分のぶんも買おうかと思ったけれども、私はあの形のピックをあまり使わないのでやめておいた。
三島から浜松。浜松から豊橋。豊橋から岐阜へ。終点終点で乗り継いでいると、あの煩雑なトーキョーは日本のどこへも陸続きであると実感できて安堵する。だから鈍行は好き。途中どこかで花火にあった(たぶん静岡のどこかだと思う)。めちゃくちゃ雨降ってたのにそこだけ夏だった。雨で電車が遅延。なんとか日付を越える前に岐阜へ。ホテル。ねる。
美術・工芸・デザイン
2016.10.16
でんしゃたび
2015.3.4
電車で旅に出てきました
2015.02.16-02.23
1日目 熱海(MOA美術館・来宮神社・起雲閣)
2日目 有松(有松鳴海絞り会館ほか)
3日目 姫路(姫路城・考古園)
4日目 倉敷(倉敷刀剣美術館・倉敷美観地区)
5日目 下関(ほぼ泊まっただけ ふぐ食べた)
6日目 博多(友達と遊びまわる たのしかったです)
7日目 別府(鉄輪・地獄巡り)
着物をつくる
2014.9.11
辻が花という技法を用いて、これから制作を続けて行こうとは思っているんだけど、べつに着物が染めたいわけじゃない。その技術を用いて、いちまいの、うつくしい作品がつくりたいとかねてから思っているだけで、しかし、着物に用いられてきた技法をこれからずっと研究するにあたって、やっぱり数点は着物を染めなければならないような気もする。それは義務感とかそういう話ではなくて、そのほうがその技術に対する理解が深まる気がするというか、先人たちへの礼儀というか、これから幾年そういう制作をしていくかはわからないけど、わからないからこそ今ここで着物をつくらなければならないようなそんな心持ち。
でも"着物"というものは、着られるために存在していたもので、それを観賞用にしてしまう、ということに、ここ数年ずっと、とても抵抗がある。美術館に傷ひとつなく保管されているあの着物たちが、どうしても受け入れられない。いつだったか展示されていた、最古の能衣装だと書かれていたあの装束のほうが、ぼろぼろで色褪せていてしみなんかも沢山あったのに、よっぽど美しくて素敵だったのを覚えている。
だけれども、自らがつくった着物に手を通せるかと問われると、なかなかできないと思うので、だからそこにどう折り合いをつけるかを考えなくてはいけないなあって、おもってるよ最近ずっとね。ただ意外と、案ずるより産むが易しなのかもしれない。自分で着物を染めてしまったら、着たくなっちゃって、着古してしまうかもね。
今回の作品のこと
2014.7.25
「布」とは、どんなものでしょう。
毎日、わたしたちは洋服を着ているし、生活にはかかせないものです。
「ほしい時に、そのほしい材質の、ほしい色や柄の布が、しかも安価で大量に手に入る」
それが現代における布ではないでしょうか。
わたしたちには絶対に必要なもので、需要があるからこそ、科学技術の結晶のような繊維(とても安価なものから、高額なものまで)も開発されています。
しかし、布とはとても原始的な物で、完全にすべてを植物からつくることができるものでもあります。
その二面性をテーマにして今回は作品を制作しました。
この作品に使用している素材は、ポリエステルサテンのリボンと、生分解性繊維という素材でできたものです。
生分解性繊維とは、トウモロコシからつくられた、土中に埋めると分解し、完全にリサイクルできる素材です。
この素材は科学技術の賜物でありながら、しかし原始的な布に近いものであるとわたしは感じました。
「進化のための積極的な後退」という言葉がありますが、まさにそれを体現している素材であるとも思います。
この素材と、ポリエステルという素材。
どちらも科学技術の進歩から人間の手によってつくられた素材でありながら、一方はとても原始的な布に近い、というこの対比はとても面白く感じます。
このふたつの素材を用いて、今回はリボン刺繍で表現しました。
これがその原画です。
都庁と雑草をモチーフに、都庁はポリエステル、雑草は生分解性繊維の素材で刺繍をしています。
この作品を土中に埋めると、雑草や空は段々と分解されていくのに、建物はほとんど分解されることなく残っていく、という構造になっています。
しかしながら、今回の制作は完全に、素材と技術に敗北。
この原画のモチーフが刺繍では一切わからなくなってしまいました。
それでも、わたしは今回この作品に対して、後悔することもなく制作できました。
今回初めてこの場でコンセプトを公開したのもそのためです。
この制作には1ヶ月半ほどの期間しかありませんでしたが、今までのどの制作よりも濃密でさまざまなことを学べたように思います。
完成した作品自体はつたないけれど、大学に入学して初めて自分のやりたかったことをひとつの作品のなかでやりきったと感じました。
今後の自分の作品制作に対するひとつの指標となる作品となったと思います。
そして今回は、油絵科の教授にずっとお世話になっていました。
その先生の講義やお話は、今までわたしが知らなかった世界のことのようで、とても面白く、先生が出校される日がいつも待ち遠しかったです。
この先生に師事しなければ、今回の作品も今まで制作してきた作品と何一つ変わることなく終わったことだろうと思います。
大学に入学し段々と自分のやりたいことや夢がわからなくなり、ずっと迷い続けてきましたが、先生とお話をするなかで、再び目標が見えてきたような気がします。
先生の元で学ぶことができて、ほんとうによかった。
とても短い間でしたが、とても充実していて、様々なことを学べた期間でした。
先生にこの言葉が届くことはないとは思うけれど、この場に書き添えたいと思います。
短い期間でしたが、ほんとうにたくさんのことを学ばせていただきました。
ありがとうございました。
もっともっと精進したいと思います。
ずぶずぶの画家 に なりたい
2014.6.16
人生で5枚目くらいの油絵。絵を描くってこんなに楽しかったっけ。ナイフ万歳。
花
2014.6.4
雲
2014.6.1
蜘蛛
2014.5.29
資料撮りついでに
2014.5.2